2021年度(令和3年)表彰

 海洋音響学会表彰規程に則り 2021 年度(令和 3 年)の表彰選考が行われ,次の諸氏が表彰された.

1. 論文賞

 論文賞は,本会表彰規程に基づき,2019 年 10 月から 2021 年 9 月までに発表された論文のうちから,海洋音響技術に関する優秀論文 2 編を選考して,表彰及び賞金を贈呈した.

海面波長を考慮した海面反射波変動特性に関する検討

津久井 智也 (株)IHI
平田 慎之介 千葉大
蜂屋 弘之 東工大

注)受賞者は,本学会表彰規定第 14, 17 条により本学会通常会員,名誉会員,終身会員に限定
  また,受賞者の所属は論文掲載時の所属

海洋音響学会誌, Vol. 48, No. 2, pp. 56–67, 2021 年 4 月

 海表面付近での水中音響機器の利用や,浅海域で海面や海底を反射しながら水平方向に伝搬する音波を扱う場合には,海面からの反射波の影響を評価することが重要になる.本論文ではこのマルチパスの主要因となる海面からの反射波の特性について詳細に検討を行っている.
 筆者らは,海面波の波高と波長が海面からの反射波の変動特性に与える影響を,造波水槽でのモデル実験や FDTD法によるシミュレーションを用いて検討し,海面波の波高と波長が海面反射波の変動特性に与える影響のメカニズムを明らかにしている.すなわち,波のある海面からの反射波の変動特性は,海面波長が小さくなると,反射波に寄与する不規則に変動する反射点が海面に増加することを見出している.さらに,その極限条件では,海面反射波の変動特性がライス分布に従い,そのパラメータであるエネルギー比がRayleigh Parameterを用いると定量的に整理できることも明らかにしている.一方,海面の波長が大きい条件では,不規則に変動し反射点が少なく滑らかな鏡面反射境界が反射波に寄与するため,振幅変動は小さくなり位相変動が顕著に表れる変動特性を示すことを定量的に示している.
 本論文で得られた成果は,海面波長の大小が海面反射波の振幅変動及び位相変動へ与える影響を定量的に示し,より高精度な海面反射波の模擬手法の確立へと繋がるものであり,海洋音響学の発展に大きな寄与が期待できる.

北海道釧路沖に生息するツノナシオキアミの密度比と音速比の年変化とターゲットストレングスへの影響

福田 美亮 北海道大
向井 徹 北海道大
澤田 浩一 水産機構
松裏 知彦 水産機構

注)受賞者は,本学会表彰規定第 14, 17 条により本学会通常会員,名誉会員,終身会員に限定
  また,受賞者の所属は論文掲載時の所属

海洋音響学会誌, Vol. 48, No. 1, pp. 1–14, 2021 年 1 月

 計量魚群探知機を用いた音響調査は,魚類だけでなく小型の動物プランクトンにも用いられており,音響手法を用いる場合,対象生物1個体あたりの超音波反射量であるターゲットストレングス(TS)の把握が重要となる.またこの場合,生体と周囲媒質との音速比と密度比が,正確なTSの計算に必要な物理パラメータとなる.
 本論文で対象としたツノナシオキアミは,日本沿岸では親潮域や日本海,オホーツク海に生息し,鯨類や魚類の餌生物として重要な生態系の鍵種である.対象種の音速比と密度比については北海道噴火湾の湾外部で測定した結果があり,産卵期等の季節による変動,地域による変動の可能性が述べられているが,いずれの研究も2–3年間のデータを使用しており,音速比,密度比の年変化については議論されていない.
 これらの状況を踏まえ,筆者らは,ツノナシオキアミの物理パラメータの年変化に着目し,得られたパラメータから,計測魚探機で一般に使用される周波数における体長とTSの関係を得ることを目的として研究を進めてきた.測定は,今までに調査が行われていない北海道釧路沖において5年間にわたって行われている.
 得られた観測結果からは,音速比,密度比についての年変化は確認されず,その値は,過去の北海道噴火湾で測定された値と近いことが判明した.従って,これらの関係を活用すると,今後は北海道釧路沖のツノナシオキアミのTSを推定することが可能となることが分かった,更に,異なる周波数で測定した体積後方散乱強度の差と,平均TS-TLの関係式を使った体長測定への展開も可能となることも示している.
 本論文は,水産資源の鍵種であるツノナシオキアミの音響的物理パラメータを5年間にわたって測定し,その年変化の調査結果として,音速比,密度比については年変化が無いという事実を確認している.これらの結果は,より高精度な計量魚群探知機を用いた音響調査法の確立,ならびに将来的な資源保護の観点からも重要な成果であり,海洋音響学の今後の発展に大きな寄与が期待できる.

2. 日本海洋工学会 JAMSTEC 中西賞

 本年度の,日本海洋工学会JAMSTEC中西賞は,海洋音響学会2021年度(令和3年度)研究発表会講演論文から本会表彰規定(特別賞)に基づき,日本海洋工学会会長名による表彰状・盾および賞金を贈呈した.

変動する海面での音波反射における実効的な粗さの検討

津久井 智也 東工大
平田 慎之介 千葉大
蜂屋 弘之 東工大

海洋音響学会 2021 年度研究発表会 講演論文集, pp. 9–12

 海中の音波伝搬特性を考える場合には,海面反射の影響を考慮する必要がある.しかしながら,時々刻々と変動する海面に入射した音波は時間的に変動する反射特性をもつため,海面を音圧がゼロの鏡面境界と仮定する単純な評価では不十分な場合が多い.本論文では,FDTD(Finite Difference Time Domain)法による音波伝搬シミュレーションを用いた変動海面における音波の反射特性評価において,実効粗さの概念を新たに導入した検討について報告している.
 筆者らは,海面実効粗さ,海面水位の実効値で表現したパラメータにより振動変動のエネルギー比と位相変動が統一的に記述できることを明らかにし,海面反射波の振幅変動には限定された範囲の海面水位の変動が寄与するのに対し,位相変動には長い時間スケールの海面水位の変化も寄与するとする興味深い結果を得ている.
 本論文は,海面反射の評価が海面実効粗さと海面水位の実効値で表現したパラメータを用いて表現可能であることを明らかにしている.この提案手法は,より高精度な海面反射波の模擬手法の確立へと繋がるものであり,海洋音響学の発展に大きな寄与が期待できる.