2020年度(令和2年)表彰

 海洋音響学会表彰規程に則り2020年度(令和2年)の表彰選考が行われ,次の諸氏が表彰された.なお,表彰式は新型コロナウイルスの感染予防の観点からオンラインで行われた.

1. 顕功賞

 顕功賞は,本会表彰規程に基づき,我が国の海洋音響技術の歴史に顕著な業績を残した方を選考し,表彰状楯を贈呈した.

遠藤 信行

 遠藤信行氏は,長年に亘って水中音源,海洋音波伝搬,音響レンズ,水中映像取得技術等の幅広い研究領域において多数の研究成果を挙げられた.また本学会運営においては,編集委員長,企画運営委員長をはじめとして,副会長,会長の要職を歴任され,本学会の発展にも多大のご尽力を頂いた.さらに,本学会の名誉会員に就任後も,学会行事にも積極的に参加され,後進の指導・育成にも熱心に取り組まれている.
 このように遠藤氏の学術ならびに本学会に対する多年の活動業績は極めて顕著であり,我が国の海洋音響技術の発展に大きな功績を挙げられた

2. 論文賞

 論文賞は,本会表彰規程に基づき,2018年10月から2020年9月までに発表された論文のうちから,海洋音響技術に関する優秀論文1編を選考して,表彰及び賞金を贈呈した.

海洋環境と送受信点の移動を考慮した音響暴露レベル推定手法の検討

平井 由季乃 東京海洋大学
土屋 利雄 東京海洋大学
清水 悦郎 東京海洋大学

注)受賞者は,本学会表彰規定第14, 17条により本学会通常会員,名誉会員,終身会員に限定.また,受賞者の所属は論文掲載時の所属.
海洋音響学会誌,Vol. 46, No. 2, pp. 61–68, 2019年4月

 1970年代より水中における人為雑音が海洋生物に悪影響を与える可能性が世界的に懸念されてきており,日本においては日本船舶技術研究協会が「水中騒音プロジェクト」を立ち上げ調査を行っている.調査においては実海域における対象生物の受波音圧レベルは計測が困難であることから,一般的には単純な球面拡散損失の式によって推定されている.しなしながら単純な球面拡散損失による評価では計算値が不正確であるため,SEL(Sound Explosure Level:音響暴露レベル)により正確に評価するための手法が求められていた.
 本論文は,この目的を達成するために,今までなされていなかった海洋環境及び対象生物と音源の移動を考慮したPE(Parabolic Equation:放物型方程式)法によるシミュレーションを活用した,新たなSELの推定方法について提案している.
 本論文では,船舶からの放射雑音の計測とシミュレーションの比較を実施しており,計測は父島の二見湾口において,Ocean Sonic社のHydrophone(10Hz–200kHz)を水深50mの計測位置で深度10mに吊下して実施した.シミュレーションは,従来手法(球面拡散),PE法(FOR3D)によりRL(残響レベル)を算出し,実測との比較を行い,従来手法(球面拡散)では30dB誤差に対し,PE法では9dB誤差と優位であった.さらに,RLの積分値を算出するシミュレーションによりSELマップを作成し,SELに海底質の影響が明瞭に現れることを明らかにした.
 本論文は,反射行動の解析時などにSELを推定する場合は,海洋環境パラメータを入力した音波伝搬シミュレーションによってSELを行う必要性が示され,本論文で得られた成果は,より高精度なSELの推定手法の確立へ発展することにより,海洋音響学の発展に大きな寄与が期待できる.

3. 業績賞

 業績賞は,本会賛助会員である企業の技術者または技術者のグループが達成した海洋音響技術に関する優秀な技術開発業績を選考し,その貢献者に贈呈した.

半周型スキャニングソナーの開発

葛原 一浩 古野電気(株)
西坂 政浩 古野電気(株)
山﨑 勇輝 古野電気(株)
賈 春宇 古野電気(株)
白石 真貴子 古野電気(株)
岡 優宏 古野電気(株)

 受賞者等は,半周型カラースキャニングソナーFSV-75に新たに3D画面モードを搭載した「半周型スキャニングソナー」を開発した.本製品は,従来製品に対し「俯仰断面モード」「旋回断面モード」「前方探知履歴モード」「魚量計測機能」「断面スライス機能」「海底検出機能」を追加することで,魚群の動きを視覚的かつ直感的に把握できる映像表現を実現している.この製品は,3D画面モードにより探索や集魚,投網など操業状況に合わせて表示することにより魚群分布や,海中オブジェクト(魚群・海底・網なりなど)の位置関係を的確に把握することができるようになり,より効率的な操業に貢献している.
 受賞者等は,それぞれ,製品企画担当,システム設計,デジタル設計,アナログ設計,ソフトウェア設計及び送受波器設計に携わり,協働によってユーザーニーズにあった製品を開発している.
 したがって,この業績は,漁業の高効率化を実現する魚群探知機を開発したものであり,海洋音響学の発展に寄与するものである.

4. 日本海洋工学会JAMSTEC中西賞

 本年度の,日本海洋工学会JAMSTEC中西賞は,海洋音響学会2020年度(令和2年度)研究発表会講演論文から本会表彰規定(特別賞)に基づき,日本海洋工学会会長名による表彰状・盾および賞金を贈呈した.

ドプラーシフトを応用した音速分布の測定に関する基礎的検討

吉口 将人 防衛大学校
小笠原 英子 防衛大学校
森 和義 防衛大学校

海洋音響学会2020年度研究発表会 講演論文集,pp. 29–32

 ソーナーをはじめとする海洋の音波伝搬には海洋の水温・塩分構造を把握することが必要であり,統計的な水温・塩分分布については予報システムが確立されておりおよその伝搬経路の計算は可能になっている.しかしながら,海洋構造は時々刻々と変化しているため,現場での計測によるデータの更新が不可欠である.海洋の鉛直温度分布の計測では,安価で手軽な測定法としてXBTが普及しているが,当該方法では深度方向に対する塩分濃度が予測と異なっていた際に誤差が大きくなる.また,水温と共に塩分濃度を計測できるXCTDはコストがかかるため数を投下できない.本論文は,これら課題を解決することを目的とし,音速を直接計測できる安価で手軽な測定法を提案するものである.
 音速を直接計測できる安価で手軽な測定法として,ドプラーシフトを利用し音響による遠隔音速計測手法に取り組み,数値計算及び水槽実験による検証を行った.数値計算では,ドプラーシフトを利用した音速計測理論について,深度毎の温度分布が等温下及び温度勾配が存在する環境下において検証し,誤差が10−9オーダーと極めて小さいことから理論上の妥当性を示している.そのうえで,水槽実験結果との比較検証を実施し結果の分析が示されている.本論文では簡素な装置で計測しているため,理論値と水槽実験結果との差は60–75m/s程度生じており,今後,更に実験の精度を高めることで水槽実験においても理論値の妥当性を示す計画である.
 本論文は,ドプラーシフトを利用した音速計測技術を提案し,数値計算による理論の確認と水槽実験結果との比較検証により,音速を直接計測できる測定法の理論的妥当性が確認できたことを報告するものであり,今後の海洋構造の把握に必要な現場によるデータ更新を加速させる技術となり,海洋音響学の発展に寄与する優れた論文である.